相手を変える習慣力
著者
三浦 将
要約
誰しも、部下や上司、または友人や家族など、周囲の人たちに対して、考え方や行動を変えてほしい、変わってほしいと考えることは多いはずだ。しかし、多くの人が経験するように、他人を変えることは簡単ではない。その一方で、周りの人々に良い影響や大きな変化を自然にもたらす人もいる。
プロコーチとして多くのアスリートや経営者を成功に導いてきた著者によれば、そのように「相手を変える」ことができる人は、実は”説得”がうまかったり、カリスマ性があるわけではない。相手を受け入れ、相手が自ら変わる土壌をつくるのがうまいのだという。つまり逆説的だが、相手を変えるには「相手を変えようとしない」ことが重要なのだ。
そこで本書では、最短ルートで「相手を変える」ためのプロセス、すなわち①自分の習慣を変える、②相手の潜在意識に影響を与える、③相手が変わる、という3ステップごとに、考え方や習慣化の方法などを詳しく解説する。
本書の手法は、ベストセラーとなった前著『自分を変える習慣力』と同様に、「潜在意識」と「習慣化」を活用するもので、メンタルコーチングのメソッドやアドラー心理学、そして著者のコーチング経験をもとにした実践的なものだ。相手を変えることができず悩んでいる方、周りの人と良い関係を築きたいという方はぜひご一読いただきたい。
要約
相手を変える力についての思い込み
影響力から関係性へ
本などで仕入れた説得力の知識などで、相手を変えることを試しても、一向に変わらず、場合によっては、やればやるほど相手は反発し、状況や関係がさらに難しいものとなってしまうようなことがある。
影響力、説得力、尊敬などは、相手を変えるための大きなポイントであることは確かだ。だが、これらの要素は、相手を変えるために、最も必要な条件ではなく、ましてや、十分条件でもない。相手を変えるために、これらの力が必要だと思うことは、言わば思い込みなのだ。
研修やコーチングを行っていて、最も多く持ち込まれる問題は、何と言っても人間関係の問題だ。相手を変える習慣力を考えるにおいても、最も大事なことは相手との関係性である。相手を変える、相手が変わるための根本は、あなたの能力や地位や財力などではないのだ。
関係性の構築は、ビジネスの上でも大切だ。例えば、営業職の仕事で最も大切なことも、顧客との関係性の構築だ。また、リーダーの仕事として最も大切なことも、チームメンバー、他部署、そして他のステークホルダーとの関係性の構築なのだ。
「ヨコの関係」とは
こうした良好な関係を築くことができるかどうかの最も大切な土台は、「ヨコの関係」にある。これは、アルフレッド・アドラーから学んだことの中でも、最も重要なことの1つだ。
人と人は、基本として「ヨコの関係」だ。上下関係があるのは、上司・部下の関係などの会社の仕組みの中や、子弟などの学びの仕組みの中など、あくまで仕組みの中のことである。この基本的なことを勘違いする人が多い。
親子ですら、ヨコの関係は変わらない。これは、なあなあの友達的な関係にあるということではなく、必要なときには、激しく怒る。子どもとは、自立する力が十分に顕在化していない状態の存在で、その力の顕在化を支援するのが、親の役目なのだ。
もちろんこれは、仕組みの中の上下関係を無視しろということではない。仕組みの中には「役柄」というものがあり、仕組みの中で、その仕組みを上手く活用するための役柄を演じているくらいに考えてみるとよいだろう。社会的仕組みとはドラマの舞台のようなものなのだ。
相手の潜在意識に働きかける
何千回を超えるコーチングの経験から感じることは、ほとんどの人は、「自分の中の本当のことをわかっていない」ということだ。自分のことをわかっていない状態というのは、意識化されていない状態であり、それがコーチングによって潜在意識から意識(顕在意識)に上がってくることで「気付き」が起こる。
実はこの構造の中に、相手を変えることを可能にする真髄がある。すなわち「気付き」は相手の潜在意識に働きかけるから起こるのであり、問題は、働きかけても、相手の潜在意識が素直に反応してくれるかどうかなのだ。
簡単に言うと、相手との深い信頼関係を築けば、相手の潜在意識に働きかけることができる。そこで最も大切なのが「承認」である。ここで言う承認とは、「相手を可能性のある存在として見る」こと。たとえ相手が上手くいっている状態ではなくても、未来の可能性やその人自体の存在価値を認めることである。
例えば、友人が長年取り組んできた資格試験に合格できなかったことは、その人の今の状態なだけであって、その人の本来の姿ではない。ポイントは、状態を見ているだけなのか、それとも、相手の可能性や存在自体という、相手の本質を見ているのかという点だ。
潜在意識は、安心安全が脅かされると感じることについては、その強烈な力で防御体制に入る。そして、潜在意識は変化を嫌う。変わることは、安全を脅かされる可能性があるからだ。人間関係で言えば、相手からの承認感が感じられないとき、潜在意識はその安心安全欲求に従い、扉を固く閉ざす。
反対に、心からの承認を感じる人には安心安全を感じて扉が開かれ、本当の意味であなたの言葉を受け入れるようになる。この状態をつくることができれば、相手を変えることができる基本条件が整う。だから、会話のテクニックやスキル以前に、この心からの承認の習慣が必要なのだ。
相手を変えることができる人になる
自己肯定感と向き合う
「相手を変える」ということについて、大事なことは、自己肯定感、すなわち、あなたが自分自身を承認している度合いこそが、あなたが他の人たちを承認できる度合いに等しいということだ。つまり、自分自身を承認できる人ほど相手を承認できる。だから、相手を変える土台をつくるためにまずやることは、あなた自身の自己肯定感を上げていくことなのだ。
内閣府発表の平成26年度版「子ども・若者白書」によると、「自分自身に満足している」という項目では、日本の若者が「そう思う」もしくは「どちらかというとそう思う」と答えた割合は、45.8%と2人に1人を切っている。これは、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、韓国を含む7か国中最下位のレベルで、1位のアメリカは86.0%、6位の韓国でも71.5%と、日本と大きな差がある。
その背景として「日本人特有の厳しさ」が挙げられる。日本人はその文化的背景から、規律正しく自分に厳しい。さらには控えめでいることが美徳とされている。そのため、自分自身に設定しているバーが高く、この調査で言う満足度は自ずと低いものになっていくのだ。
また、その厳しさから完壁主義的になりがちで、できているところより、できていないことに注目する傾向がある。心理学的に言うと、できていないことに注目すると、そのことについて考えている時間が長くなり、心の中で実態以上に「できない自分」が肥大してしまう。
自分の潜在力を発揮する習慣
自分へのダメ出しは、自分への質問というかたちで出ることが多い。例えば、「何でこんなこともできないんだ」「何でこんなこともわからないんだ」など、つい「なぜ(Why)」を使って自分自身を追い込むような質問をしてしまいがちになる。
そこで、「なぜ(Why)」を「どうしたら(How)」に変えてあげる。例えば「どうしたらできるようになるのか?」「どうしたら、もっと賢くなれるのか?」。これらは、未来において「できる」という可能性を持っている、という前提での質問で、自分への承認が含まれている。
また、自己肯定感を上げるために、有効な習慣の一つが、自分自身に対して、勇気付けの言葉を投げかけることだ。独り言は、誰からの言葉よりも多く、潜在意識に毎日毎日浸みこんでいくため、強烈な影響力がある。自己承認力を養うには、この独り言がキーとなる。
ポイントは「俺はできる!」ではなく「お前はできる!」という具合に、第三者からの言葉のように自分を勇気付けることだ。これを心の中だけでなく、言葉に出して耳に聞かせる。すると、メンタルが安定し、パフォーマンスも上がることが、ミシガン大学クロス博士らの研究で証明されている。まるで他人が応援してくれるような感覚が出てくるからだ。
あなたが潜在力を発揮することは、決して難しいことではない。自分自身に貼っているレッテルを剥がし、自分の可能性(潜在力)を信じ、自分を勇気付けし続けること。それだけで潜在力は発揮され、相手を変える力も強化され、多くの人に貢献する存在になっていくのだ。
自分から考えて動いてもらうには
マネージャーを対象にした企業研修のとき、よく耳にするのが、「指示待ち人間が多くて困る」というものだ。それならば、自分で考えて動いてくれるような投げかけをしてあげればいい。このための基本的な投げかけは、「この件、どうしたらいいと思う?」というものだ。
指示待ちが癖になっている人は、おそらくすぐには答えられないが、まずは相手が口を開くまで聞いてあげることだ。そこで大切なのが、「この人は指示待ち人間」というレッテルを剥がし、相手の可能性への承認の気持ちを持って応援してあげること。ここで「普段からちゃんと考えていないからだ!」などと言ってしまうと、元も子もない。
そして、相手から少しでも言葉が出てきたら、「その視点面白いね」「今の話からこんなことを思いついたんだけど」など、相手が何らかの貢献をしたことを伝える。するとそれが勇気付けとなり、さらに意見やアイデアが出てくるようになる。
「”どうしたらいいと思う?”と聞くのは、こちらが案を持っていないと思われるのではないか?」と思う人もいるが、一緒に考えるモードに入ると、相手は考えることに集中してくれる。また、そもそも相手を変えるためには、あなたの優秀性の誇示はあまり必要がない。
時間がないときは、「この件について私はこう思うけど、君はどう思う?」が有効だ。相手の指示待ち度が高いと、「それがいいと思います」と回答しがちだが、それでも「この案のどの部分がいい?」と意見を求めれば、相手に「考える癖」を付けてあげることができる。
大事なことは、相手が自主的に出した意見で失敗してしまったケースへの対処だ。責任を背負ってあげるからこそ、部下は安心して動ける。「なぜ失敗したんだ」の原因論の質問は、1回ぐらいに留め、「では、次からどうしたらいいと思う?」と目的論で、未来の成功へ一緒に歩み出そう。
もし、まわりが指示待ち人間ばかりだと感じたら、指示待ち人間をつくってきたのは、あなた自身だ。そしてこれから、まわりの人たちが自主自立した存在になることに貢献していくのも、あなた自身なのだ。