アイデア大全
著者
読書猿
要約
「良いアイデアが浮かばない」というのは、多くのビジネスパーソンならば誰しもぶつかる壁である。より多くのアイデアを生み出し、膨らませていくには、自分の中にいくつもの発想のためのツールやアイデアの引き出しを持つことが有効となるが、それらをすぐに使える形で増やしてくれるのが、発想法の大全集である本書『アイデア大全』だ。
本書では、古今東西の42ものアイデア発想法が集められ、そのそれぞれについて具体的な用途とプロセス、事例や背景知識がまとめられ、さまざまな角度から物事を見ることができるように構成されている。さらに著者は、本書は実用書であると同時に人文書でもあると語る。つまり、単なるスキルリストではなく、各発想法が考案された思想的背景や歴史にまで踏み込み、それらを関連付けながら知見を深めることのできる内容なのだ。
著者はブログなどで多くの本を紹介する正体不明の読書家、ペンネーム「読書猿」氏。随所に知識や見聞の広さを感じさせる引用があり、読者はその尋常ならざる博学ぶりに驚かされつつ、一気に読み進めてしまうはずだ。企画や開発などの職種にとどまらず、個人的な悩みから組織課題まで、何かを生み出し、解決したいと思う方には必読必携の一冊。
要約
バグリスト——不愉快は汲めども尽きぬ発想の泉
(1)紙かノートを用意して、タイマーを10分間にセットする。
(2)不愉快なこと、嫌なこと(バグ)を、ジャンル等こだわらず、とにかく書き出す。
(3)タイマーが10分経ったと知らせたら、手を止める。
(4)終わって気分がいくらかすっきりしたなら、やるべきことに取りかかる。
(5)問題解決に取り組む気概まで生まれてきたら、バグリストを眺めて1つか2つ選び、改善・解決することを考えてみる。
クリエイテイブ系の職業の方や創作者なら、嫌いな作品の自分と合わないところを書き出してみるといい。例えば、本書のコンセプトは巷のアイデア本についてのバグリスト(先達の引き写し、訳されてない海外のアイデア本のつまみ食い、個人の体験だけが根拠、無意識頼み…etc.)から構想された。
バグリストは他から課題が与えられなくても、自分の中から発想の種を探す手法である。イライラの種を書き出すことは、健康や幸福感を改善するだけでなく、創造力や発明心の優秀な着火剤を蓄積することにもなり、書き溜めたリストは発想的財産となる。
並んだ不満からどれを選ぶかについては、2つのアドバイスがある。1つは「解決できるものを選び出す」ということ。もう1つは、数学者のジョージ・ポリアが「発明家のパラドクス」と呼ぶもので、「小さく特殊な問題よりも、根本的な変更が必要となる大きな問題のほうが解きやすいことが多く、実りも大きい」ということだ。
一見逆に思えるが、ものの見方や問題の捉え方に根本的な変更が必要となる問題のほうが、何を変えればいいかに気づきさえすれば、あっという間に解けてしまうものである。おまけに、気づきの効果は他の難問にまで波及し、何より大きな問題はあなたのレベルをより向上させる。
ノンストップ・ライティング——反省的思考を置き去りにする
(1)書く準備をしてタイマーを15分間にセットする。
(2)タイマーが鳴るまでなんでもいいからとにかく書き続ける。
(3)怖い考えやヤバイ感情に突き当たったら(高い確率でそうなる)、「ようやくおいでなすった」と思って、すぐに飛びつく。
我々が何かを書いているときは、受け手が今目の前にいるわけではない。そこで書き手は無意識に自分の中に「仮想の読み手」をつくり、何をどのように書くのかを調整する。書いたものがいくらかまとまりをもったものになるのは「仮想の読み手」のおかげなのだ。
一方で、書いている最中に浮かび上がる、文章や書き手に対する否定的な思考や感情も「仮想の読み手」から生じる。ブレインストーミングなどの集団による創造的手法は「他人のアイデアを評価・批判しない」「自由奔放なアイデアを尊重する」ことを前提とするものが多いが、最強にして逃れることのできない批判者は、自分の中にいるのだ。
その最強不回避の批判者から逃れる方法が、このノンストップ・ライティングだ。「仮想の読み手」の反省的思考は、認知的リソースを消耗するから、それほど素早く反応できない。そこで、際限なく書き続けることで「仮想の読み手」をオーバーフローさせるのである。
ランダム刺激——偶然をテコに、枠を越える最古の創造性技法
(1)問題とは無関係な刺激を選ぶ。
(2)刺激を受け取る。
(3)刺激と問題を結びつけて、自由に連想する。
(4)(2)~(3)を必要なだけ繰り返す。
ランダム刺激の最も有名な例は「ニュートンのリンゴ」だ。ニュートンは、リンゴの落下の観察で「リンゴに働く重力」を発見したのではない。地上の物体と別の原理で運動すると信じられてきた月と、たまたま目にしたリンゴの落下(視覚的ランダム刺激)を結びつけ、「月にもリンゴを落とすのと同じ力が働いているとしたら?」と考え、その力を計算してみたのだ。
偶然を用いたこの種の手法は占いの一角を担っており、有史以来世界中に散見される。例えば、デタラメに開いた書物からランダムな刺激を得るやり方は「開典占い」として古くから知られており、日本でも百人一首を用いた同様の占いがある。
ランダムネスという不確実性をわざと導入することで、不確実性の高い課題に対処するというこのアプローチは、伝統的な工学のアプローチとは正反対だが、ヒトの認知能力と責任能力を越えた問題解決や意思決定について、しばしば最善の、時として唯一の解決法となりうる。
ランダム刺激は、これまでのやり方に拘束されたヒトのやり方を、否応なく変更する強力なツールだ。ランダムにもたらされた一歩目に、なんとかついて行こうと自分の足を前に出すことで、今までとったことのない行動や思考が生まれる。ランダム刺激に慣れ親しめば、どんなものでも発想の種にできること、つまり無駄な体験などないことがわかる。その意味で、ランダム刺激は最も古く、また新しい創造的技法である。
ディズニーの3つの部屋——夢想家ミッキー・実務家ドレイク・批評家ドナルドダックで夢想を成功に結びつける
(1)紙を1枚用意して、縦線を2本引いて3列に分ける。
(2)左の欄に「夢想家」、真ん中の欄に「実務家」、右の欄に「批評家」と書き、各欄ごとの立場から意見を書いていく。
ウォルト・ディズニーはこの三者(夢想家・実務家・批評家)思考のために、わざわざ会議室を分けていたという。「夢想家の間」の守護キャラクターはミッキー・マウス。好奇心旺盛で楽しいことが大好きないたずらっ子だ。この部屋では、アイデアを評価することも選択することも禁止され、ひたすら突拍子もないアイデアが求められる。
「実務家の間」の守護キャラクターは、ディズニーの初期作品ではストーリーの進行役も務めた発明家・科学者、ルードヴィヒ・フォン・ドレイク。この部屋では、夢想を具体化・現実化することに力が注がれ、ここでストーリー・ボード(絵コンテ)がつくられる。
「批評家の間」の守護キャラクターはドナルドダック。上下関係おかまいなしの、気性の荒い毒舌家だ。別名あら探し部屋であり、ここでキャラクターやストーリー・ボードの欠点、企画の成功の可能性が徹底的に洗われる。
新しいものをつくるには、夢想家・実務家・批評家の3つの役割がどれも必要だ。会議室を分けることができない我々は、せめて紙上で切り分け、夢想家を暴走させ、批評家に駄目出しさせて、実務家にはその間を取り持たせよう。
さくらんぼ分割法——軽便にして増減自在の、新世代型組み合わせ術
(1)課題を簡潔に「○○を△△する」または「○○な△△」というふうに2語で表現する。
(2)表現の2語(○○と△△)について、それぞれを2つの属性に分割する。
(3)それぞれの属性を、さらに2つの属性に分割。これを十分だと思うまで繰り返す。
(4)分割してできた多数の属性を好きなように組み合わせて新しいアイデアをつくる。
例えば、「懐中電灯」を「懐中できる電灯」と表現する。次に「懐中」を「小さい」と「軽い」、「電灯」を「光源」と「電源」に分ける。さらに「小さい」を「スリム」と「短い」、「軽い」を「軽い材料」と「軽い構造」に分ける…以下同様に分割し、最後に光源にLED、電源にダイナモと蓄電池を組み合わせ、「電池のいらない災害用懐中電灯」をつくる。
さくらんぼ分割はエドワード・デボノのFractionation(細分化)という技法をマイケル・マハルコが名付け直したもので、さくらんぼの房のように 2つに分けることに由来する。この系列の手法は固定化された見方を属性分解によって解体し、自由に発想する環境をつくり出す。
なかでもさくらんぼ分割は、分解と合成(組み合わせ)の長所を残しながら、短所(大変さ)を抑えるものだ。網羅性の代わりに、課題や属性を2つに分けることだけを考えるため、他の手法に比べて気軽に取り組むことができるのだ。
ポアンカレのインキュベーション——発想法/創造性研究の源流
(1)意識的かつ集中的に問題に取り組む。
(2)その後、しばらく問題から離れる(別の活動を行う、休息する、散歩に出る等)。
(3)休息中や他の活動中にひらめきが訪れる。
(4)得られたひらめきについて、再び意識的かつ集中的に取り組む(検証する)。
この方法は、多くは無自覚のうちに少なからぬ人たちが行っているが、ポアンカレはそのプロセスを詳細に記述し、創造性研究の始まりを刻んだ。
ポアンカレの報告は、心理学者のグラハム・ウォーラスによって創造的過程の4段階モデル(準備期、孵化期、啓示・開明期、検証期)として定式化され、『アイデアのつくり方』(ジェームス・ヤング)もポアンカレ、ウォーラスに言及しつつ、アイデア生産の5段階(①データ集め、②データの咀嚼、③データの組み合わせ、④ユーレカ〈発見した!〉の瞬間、⑤アイデアのチェック)を提示している。
ポアンカレはこれを無意識の活動と考察したが、近年実験的に反証された。問題から一時的に離れることは「うまくいかないアプローチや観点への固着からの離脱」「問題とは関連のないランダム刺激に晒されること」「休息による認知能力の回復」などをもたらすのだ。
ポアンカレのインキュベーション(孵化)の正体が、無意識のハードワークでないと知ることには、次のような恩恵がある。1つは、発想法にまつわる神秘主義を粉砕できること。もう1つは、このアプローチもまた、他の発想技法同様の原理の上に成り立つとわかることだ。創造性や発想を損なう固着から我々を解放するための技法であるとわかれば、他の発想法との組み合わせや相互乗り入れが可能になるのだ。