残酷すぎる成功法則 ―9割まちがえる「その常識」を科学する
著者
ジョージ・A・アカロフ、ロバート・J・シラー
要約
いわゆる「成功法則」を説いた本は数多くあるが、成功要因の一面だけを切り取っていたり、著者の個人的経験を述べたにすぎないものも少なくない。それが本当に使える理論かどうかは検証されておらず、普遍性に欠けるのだ。本書はそんな世にあふれる成功法則の一つ一つに対し、エビデンスを示しながら解説した異色の自己啓発書だ。
数々の調査によって明らかになるのは、成功するには「エリートコースを選ぶべき」「『いい人』は成功できない」といった通説の真偽だ。これらを覆すものもあれば、そのとおりであると実証されるものもある。それぞれに実際のデータや人物のエピソードなども添えられ、より具体的に理解しやすいのも本書の特徴となっている。
また、400ページ近い大著だが、ユーモアのある書きぶりや、監訳者でベストセラー作家でもある橘玲氏の序文や解説が理解を助けてくれる。著者はアメリカの人気ブロガーで「ニューヨークタイムズ」誌などに記事が度々掲載されている人物。自己啓発書を読み疲れた方や何を信じるかを迷っている方は、ぜひご一読いただきたい。
要約
なぜ高校の首席は億万長者になれないのか
ボストン・カレッジの研究者であるカレン・アーノルドは、1980~90年代にイリノイ州の高校を首席で卒業した81人のその後を追跡調査した。その90%が専門的キャリアを積み、40%が弁護士、医師、エンジニアなど、社会的評価の高い専門職に就いた。
彼らは堅実で信頼され、社会への順応性も高く、多くの者が総じて恵まれた暮らしをしていた。しかし、世界を変革したり、動かしたり、あるいは世界中の人びとに感銘を与えるまでになった者はゼロだった。
アーノルドの見解によれば、高校でのナンバーワンがめったに実社会でのナンバーワンにならない理由は2つある。第1は、学校とは、言われたことをきちんとする能力に報いる場所だからだ。学力と知的能力の相関関係は必ずしも高くはなく、学校での成績は、むしろ自己規律、真面目さ、従順さを示すのに最適な指標である。
第2の理由は、学校は学生の情熱や専門的知識はあまり評価しないが、ひとたび社会に出れば、大多数の者は、特定分野でのスキルが高く評価され、ほかの分野での能力はあまり問われない仕事に就くということだ。学校には明確なルールがあるが、人生となるとそうでもない。だから定められた道筋がない社会に出ると、優等生たちは勢いを失うのである。
偉大なリーダーの意外な条件
いくつかの研究では、偉大なチームはリーダーがいてもいなくても成功をおさめると証明された。だが別の研究では、チームの成功を決める重要な要因はカリスマ性のあるリーダーだった。要するに議論が紛糾していたのだが、ハーバード大学ビジネススクールの研究者ゴータム・ムクンダは、研究結果に一貫性がなかったのは、リーダーが根本的に異なる2つのタイプに分かれるからだと分析した。
第1のタイプは、正規のコースで昇進を重ね、定石を踏み、周囲の期待に応える「ふるいにかけられた」リーダー。第2のタイプは、正規のコースを経ずに指導者になった「ふるいにかけられていない」リーダーで、例えば、会社員を経ずに起業した企業家などを指す。
「ふるいにかけられた」リーダーは常識的で、決定や手法が常套的なので、個々のリーダー間に大きな差異は見られない。リーダーが及ぼす影響力は大きくないとした研究結果が多く見られた理由はここにある。
しかし、「ふるいにかけられていない」リーダーは、予測不可能なことをする場合がある。自ら率いる組織自体を壊す場合もあるし、少数派だが、組織の悪しき信念体系や硬直性を打破し、大改革を成し遂げる偉大なリーダーもいる。多くの研究結果に見られた、多大なプラスの影響を及ぼすリーダーとは彼らのことだ。
「ふるいにかけられていない」リーダーのインパクトが大きい理由は、ほかのリーダーと異なるユニークな資質を持つからだ。それは、日頃は欠点だと捉えられていながら、ある特殊な状況下で強みになる。例えば、英国の元首相ウィンストン・チャーチルの偏執的な国防意識のように、本来は毒でありながら、ある状況下(第二次世界大戦前夜)では本人の仕事ぶりを飛躍的に高める「増強装置(インテンシファイア)」となるのである。
「増強装置」の使い方
「増強装置」の概念は、芸術的才能や運動などの分野にのみ当てはまるわけではない。ムクンダによれば、人生でもっと成功するために、この理論を役立てるには2つのステップがある。まず第1に、自分自身を知ることだ。
あなたがもし、「ふるいにかけられた」リーダーなら、その強みに倍賭けするといい。どちらかというと規格外で「ふるいにかけられていない」タイプの場合、自分自身で道を切り開こう。リスクをともなうが、それがあなたの人生だ。
マネジメントに関しておそらく世界で最も影響力のある思想家のピーター・ドラッカーも同じことを指摘している。すなわち、仕事人生で成功するには「自分を知る」の一言に尽きる。とくに、自分が望むことを成し遂げるためには、何よりも自分の強みを知ることだ、と。
第2のステップとして、ムクンダは「自分に合った環境を選べ」と語った。自分に「私ができることを高く評価してくれるのは、どの会社、組織、状況だろう?」と問いかけてみよう。調査によれば、あなたが「ふるいにかけられた」医師だろうが、「ふるいにかけられない」破天荒なアーティストだろうが、どの“池”を選ぶかが極めて重要だ。
私たちが“池”を賢く選択すれば、自分のタイプ、強み、環境(コンテクスト)を十二分に活用でき、計り知れないプラスの力を生みだせる。これこそが、仕事の成功に直結するものだ。
「いい人」は成功できない?
残念ながら短期的には、嫌なヤツのほうがうまくいくことが多い。実のところ職場では、実力より見かけがものを言う。私たちは「温かさ」と「有能さ」という2つの評価軸によって人を判断するが、「温かさ」と「有能さ」は逆の相関関係にあると認識しているという。つまり、親切すぎると、その人物は能力が低いと推測する傾向があるのだ。
私たちは、最後には善人が勝つと教えられてきた。しかし調査結果は、幅広い分野に当てはまる一般原則として、悪は善より強いということを示している。だが長い目でみれば、彼らは成功するために必要とする環境そのものを破壊しかねない。
策略に長けて利己的になり始めれば、いずれは他者もそれに気づき、善良な人びとはそこから去っていく。波及効果が広がり、職場はあっという間に働きたくない場所になってしまう。
さまざまな関係で周囲の人に最も望む特性は何かと尋ねたところ、答えは一貫して「信頼性」だった。ひとたび信頼が失われると、何もかもが失われる。努力を極めて成功を成し遂げることは、実は利己主義を超越し、周囲と信頼し合い、協力関係を築くことを意味する。
最後に、幸福度の問題だ。嫌なヤツが出世したり、裕福になることは数多くのデータによって示されているものの、彼らは必ずしも人生を楽しんでいない。ところが、道徳的な人びとは幸福度が高いことが調査で裏づけられているのだ。
「やり抜く力」は本当に必要?
私たちの文化では、グリット(何かに懸命に打ちこみ、決して諦めずに最後までやり通す力)こそが成功への鍵だと叩き込まれている。多くの場合、それは正しい。グリットは、知能や才能がほぼ等しい人びとの業績が異なる理由の一つだ。
海軍特殊部隊シールズの入隊訓練には、恐るべき水中訓練がある。訓練生たちが潜水用具一式を着けて水中に潜ると、教官が呼吸装置をいきなり引き抜いたり、ホースに結び目をつくったりするのだ。これは海中で強力な引き波に遭遇したときに対処するための訓練だが、過酷な訓練は続き、志願者265名中、特殊部隊になれたのはわずか16名だった。
海軍の調査で、グリットを持った人びとが逆境に耐える際に行っていることが明らかになった。それは「ポジティブな心のつぶやき」だ。もちろん、シールズは腕っぷしの強い者を求めていたが、隊員になれる秘訣の一つは、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と自分を励ますことだったのだ。
人は頭のなかで、毎分300~1,000語もの言葉をつぶやいている。その中にはポジティブな言葉も、ネガティブな言葉もあるが、前向きな言葉は、精神的な強さややり抜く力にプラスの影響をもたらすのだ。そこで海軍は志願者に、自分に対してポジティブに語りかけるようにと、ほかの精神療法とあわせて指導した。その結果、訓練の合格率は10%向上した。
外交的なリーダーと内向的なリーダー
内向性と外向性は、心理学で最も確立されている概念だが、その詳細については今なお議論が続いている。お金についていえば、外向的な人のほうが稼げることがいろいろな調査で示されている。成功はもちろん収入だけでは測れないが、ある調査によると、外向性は、仕事の満足度、給与水準、生涯における昇進の回数などとプラスの相関関係にある。
また、大半の人びとは、リーダーは外向的だと思っており、この認識は、一種の自己充足的予言となる。4,000人の管理職を対象とした調査では、自分は「極めて外向的」だと回答した者の比率が、一般の人(16%)より明らかに高く、企業の最高幹部では、じつに60%が「極めて外向的」だと回答した。
なぜこうした状況なのか?集団のなかで最初に口を開き、積極的に話すという外向的な行動を取るだけで、リーダーとして見られるという調査結果もある。また別の調査では、集団のなかで、最初におずおずとした態度を取ると、知的レベルが低いと認識されることが示された。つまり、リーダーとして見られるためには、有能であるかより、まず外向的に見られることのほうが重要なのだ。
だが、彼らは本当に成果をあげているのだろうか?アダム・グラントがリーダーシップについて研究したとき、外向的な人と内向的な人のどちらがすぐれたリーダーになるかは、統率する人びとのタイプによるということを発見した。
従業員が受け身の場合には、社交的でエネルギッシュな外向型の人間が本領を発揮するが、目的意識のある人々を率いる場合には、内向型のリーダーのほうが望ましい。要するに、外向型人間にも内向型人間にも成功者がいて、世界は両方を必要としているのだ。
しかし、大半の人は外向型でも内向型でもなく、両向型(内向性、外向性を使い分ける)人間だ。そして、内向型か両向型の人びとがネットワークをつくる手っ取り早い方法は、街角で名刺を配ることではない。まずは長年の友人たちと旧交を温めることだ。そうすれば、後ろめたさは微塵もない。彼らはすでにあなたの友人なのだから。