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B! ゴロビシャ ネメシスの使い魔

ブサイクに生まれると人生終了するという事実「反出生主義」のススメ

ブサイクに生まれると人生終了

なんか、理不尽だけど、こればかりはどうしようもないわ。

いやいや、人は見た目じゃないよと口では言っているけれど、じゃあイケメンに告白してみてください。多分振られますよ。

イケメンはかっこよくて優しいけど、ブサイクとは街を歩かないものなんですよ。

一夫多妻制ならワンチャンありますが、残念ながら日本の制度下ではイケメンは絶対にブサイクは選びません。

むしろ、男性の方は稼ぎまくれば美女を抱ける可能性はあります。性格に難ありな人が多いけれど、意外と美女と野獣カップルはいます。

しかし、逆はほぼ皆無。

イケメンの隣は大抵かわいい子がいます。

ブサイクに生まれなくて良かった

いじめられなかったのも、多分ブサイクではなかったから。ブサイクだったら私は絶対にいじめられていたと思う。

鈍臭いし、陰気だし。

トーク力とビジネスセンスと後輩力高くて助かった。あと、ブサイクではなかったこと、実家がわりかし金持ちだったこと。これだけで助けられていたにすぎないんですよ。

結局生まれが全て

社会人になると痛感する。

一等地に住んでイケメン、美人と結婚して更にお金を増やしていく。世の中はこういうゲームなんですよ。

いろんなハンデギャップは背負っているけれど、なんとかなりそうな顔と財力を生まれながらに持っていたがゆえに、更に上を目指せるんです。

東京23区に住んで、美人な嫁を持って、優秀な子供を産んで更に上を目指していく。

本当に両親には感謝しています。孫の世代はもっとエリートになるでしょうね。金持ちでイケメン、美女で優秀な人たちの中で過ごせる。

俺の屍を超えていけって感じですね。

とにかく、田舎に生まれたならさっさと都会に出ましょう。少なくとも3大都市圏に生まれないと人生終了です。

自分は本当に運が良かった。三大都市圏に生まれ、なおかつ地主。両親は共働き。しかもストックオプションで資産が何倍にもなっていた。

ありがとう。そして、自分もより豊かな人を育てられるように死ぬまで働きます。

この意識の差で世代を追うごとにどんどん格差が広がるんでしょうね。しかも複利的にね。

金が金を呼び、見た目もどんどん洗練されていく。

悲しいけど、これが現実なんですよね。周りが金持ちだらけなのでわかりますが、本当に金持ちはイケメンだらけなんですよ。不思議ですね。見た目の格差と経済格差が同時に生まれているんです。ブサイクだと本当に人生終了です。少子化の原因は多分ここにあるんでしょうね。人類は淘汰の時期に入ったのだと思います。

淘汰の時期に勝ち残れば勝ち組になれる

最近の反出生主義はイケメン、美女たちには関係ありません。

自分が勝ち残れそうだと思う人は子供を作った方が良いと思います。

そうではない人は子供を作らないという選択肢もありです。むしろ私は推奨します。

ブサイク、貧乏ならせめてもの反抗を…反出生主義

反出生主義(はんしゅっしょうしゅぎ、英: Antinatalism)とは、子供を持つ事に対して否定的な意見を持つ哲学的な立場である。アルトゥル・ショーペンハウアーやエミール・シオラン、デイヴィッド・ベネターらが反出生主義の擁護者として知られている。

負の功利主義

負の功利主義 では、幸福を最大限までに高めるよりも苦痛を最小限に抑えることの方がより倫理的に重要であるとされる。

ヤン・ナーベソンはこう主張する

仮に子が生涯にわたって著しく幸福であることが保証されていても、その子供を出生させるべき倫理的責任は存在しない
もし子が不幸になりうることを予想できるのであればその子供を出生させるべきではない論理的責任が存在する
しかし、ヴェターはナーベソンのこの結論に賛同しなかった:

一般的には、子が不幸を経験すること、また、他者に不利益をもたらすことが予想されないのであれば、子供を出生させる、もしくはさせない義務は生じない
代わりに、彼はこの決定理論的テーブルを提示した:

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そして、子供は生むべきではないと結論付けた:

 
カリム・アケルマは、人生の中で起きうる最良のことは最悪なこと―激痛、怪我、病気、死による苦しみ―を相殺せず、出生を控えるべきであると主張している。

ブルノ・コンテスタビリー はアーシュラ・K・ル=グウィン の "オメラスから歩み去る人々" を例として挙げている。この短編では、隔離され、虐げられ、救うことができない一人の子供の苦しみにより、住民の繁栄と都市の存続がもたらされるユートピア都市オメラスが描かれている。大半の住民はこの状態を認めて暮らしているが、この状態を良しとしない者もおり、彼らはこの都市に住むことを嫌って"オメラスから歩み去る"。コンテスタビリーはこの短編と現実世界を対比する: オメラスの存続のためには、その子供は虐げられなければいけない。同様に、社会の存続にも、虐げられる者は常に存在するという事実が付随する。コンテスタビリーは、反出生主義者は、そのような社会を受け入れず、関与することを拒む "オメラスから歩み去る人々"と同一視できると述べた。また、「万人の幸福はただ一人の甚大な苦しみを相殺できうるのか」という疑問を投げかけた。

 

ショーペンハウアーの倫理

アルトゥル・ショーペンハウアーの哲学では、世界は生きる意志によって支配されている。盲目的で不合理な力、常に現れる本能的欲望が、それ自身によって懸命に生み出される。しかし、その性質ゆえに決して満たされない事が苦しみの原因である。存在は苦しみで満たされている。世界には喜びより苦しみの方が多い。数千人の幸福と喜びは、一人の人間の苦痛を補う事はできない。そして全体的に考えると生命は生まれない方がより良いだろう。 倫理的な行動の本質は、同情と禁欲によって自分の欲望を克服することからなる生きる意志の否定である。 一度我々が生きる意志を否定したなら、この世界に人間を生み出すのは、余計で、無意味で、道徳的に非常に疑問のある行為である。

 

人類補完計画は優れた超人たちによってのみ行われる

正直、子供が受ける幸福はさほど大きくないと思うどころか、貧乏、ブサイクに生まれたらおそらく苦痛しか感じないでしょうね。

だとしたら、子供を産まないほうが社会全体としての幸福度は最大化されます。

今後も結婚できない人が山ほど増えます。金持ちでイケメン、美女しか子供を持てなくなります。その淘汰の末に人類の終着点があるのでしょう。エデンなのかヘルなのかはわかりませんが、私は私の遺伝子を持つ子孫にその境地に達して欲しいのです。だから、私は絶対に負けない。そして、子孫たちが負けないように教育する義務がある。私の因子を少しでもエデンへ連れて行って欲しいのです。そういう意識を持つ人以外は子供は作らないほうが良いかもしれませんね。

ようこそ!名無し文学部へ
楽しんでいってください。